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中原中也の会主催の第十七回中原中也の会研究集会
「中原中也と若山牧水-愛を巡って-」に参加してきました
場違いではなかろうか・・・と半ば不安心を持ち合わせての参加でしたが、
熱い講演や討論に、そんな気持ちも掻き消されて
あっという間に時間が過ぎていきました。
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少し中原中也について・・・
明治四十年四月二十九日、山口県に父謙助(医師・軍医)の長男として生まれました。
医師の道には進まず、幼いころから詩や短歌に触れ
中学生のころから、詩(歌)を歌っていたそうです。
三十歳の若さでこの世を去りますが、
沢山の詩(歌)をこの世に残しました。
私が話の中でとても印象的だった言葉は
「詩(歌)は自分らしさを表現することが大事なんだ」という言葉です
家族や青春・・・恋や人との出逢いや悲しみなどの
思いや経験が彼らをつくりあげているのでしょうか
文学や哲学などはあまり私自身詳しくないのですが、
伊藤一彦先生は始め、いろんな方が話す中也への思いや
詞(歌)への愛情が会場いっぱいに広がっていき、ひしひしと伝わってきました。
身近な方などから聞いた話などもあり、
「こんな人物だったんだな」「こういうエピソードがあったのか」と
脳内タイムスリップをしてみたり
上手く感想を書けませんが、とても楽しい時間でした。
またこういう機会があったら是非、足を運んでみたいです
ちひろ
N様邸の地鎮祭がありました
梅雨入りをしたのでお天気の方が心配でしたが・・・
貴重な晴れ間が広がってくれました。
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ボクがお利口さんだから太陽さんが顔を覗かせてくれたんだね♪
太陽と可愛いボクの笑顔が合わさってみんなにこにこ笑顔
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ママと一緒に玉串奉奠もしました。
「この土地にお家を建てさせてください!」
「無事完成しますように」て沢山お願いしたよ
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お施主さんからびわを頂きました
今回お供え物もびわ
桃栗三年、柿八年、びわは早くて十三年と言われています
旬は5月から7月初旬、まさに旬の味を頂きました。
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遥か昔、インドのお釈迦様が「大薬王樹」と呼んだびわの木
体に良いと薬としても使われてきました
民間療法として乾燥させたびわの葉を煎じるびわ茶を飲むと
免疫力を高める効果があるといわれています
びわの葉には、ビタミンやタンニンなどの体にいい成分が豊富に含まれています。
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お施主さんのお母さん手作りのお赤飯
栗も入っていて美味しかったです
ありがとうございました
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この庭先にあるびわの木が
この日から始まる家造りを温かく見守ってくれることでしょう。
ちひろ
とうとう宮崎も梅雨入りをしたようです
昔は梅雨のことを「五月雨」と呼んでいました。(旧暦の五月に降ることを)
その時期のどんよりとした雨雲を「五月雲」
雨続きの日がふっと途切れ現れた、抜けるような青空を「五月晴れ」と言ったそうです。
現在では、新暦の五月の爽やかな晴れの日のことを五月晴れと呼んでいます
暦の変化とともに言葉の意味も変わっているようですね
季節を楽しみながら、季語を感じてみるのもいいのかもしれません
父と母の休日だよりをお届けします。
日田に材料を見に行ったそうです
真ん中の銘木は樹齢千年の一位の木
樹齢百年ではなくて千年!!!!に驚きです
長い年月をかけてこの姿を築いたのでしょう
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銘木たちに癒された後は高取焼宗家へ
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自然に囲まれた中にある窯元・・・きっと癒されます
好きな器を堪能したのでしょう
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最後は温泉へ
ここ家族風呂で一時間¥1,500で入れます
ここは檜風呂をチョイス!
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この看板、「よーし!温泉に入るぞ~!!!!!」て感じだね
顔入り写真を撮ってほしかったな♪
こうやってずら~とお風呂が並んでるんですね、なんだか楽しそう!
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この休日、沢山癒された一日となったようですね
ちひろ
S様邸の地鎮祭がありました
初めての延岡市北方町での我が家造りです。
北方町は干支の町として知られ
地区名に十二支が使われている町です。
日本でも唯一ここだけ!
ちょっと可愛くて、楽しめる町ですね
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どこの子供さん達も地鎮祭や上棟式は嬉しそう!
これから出来ていく我が家に
わくわく、ドキドキを沢山募らせているようです
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太陽がサンサン照りつける中
無事地鎮祭を執り行うことが出来ました。
子供たちもほっと一息。
ちょっと休憩タイムです
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Sさんより松山町・かのこ製菓舗さんのお菓子を頂きました。
事務所でも子供たちの写真を見ながら
お菓子を頂き、ちょっと一息
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蛍の器で
ちひろ
